"

 電子書籍は英語圏の急速な普及に比べて、日本語の世界ではもうひとつ伸び悩んでいる。原因については出版社の抵抗とか、再販制度の功罪とかさまざまに取りざたされているが、印刷業界からはひとこと言っておきたい。やはり、画面における文字の問題だと。今の電子書籍画面では文字が悪い。

 英語では画面の文字の悪さはそれほど目立たないが、それは当たり前で、ラテンアルファベットと漢字の複雑さの違いからもこれは明白だ。漢字の方が圧倒的に画数が多い。これは10画20画がざらにある漢字に比べてラテン文字大文字の画数を数えあげててみればすぐにわかる。CやI、それにOは一画だし、DやMにしても2画、もっとも画数の多いのはEで、それでも4画である。ということはアルファベットに比べて漢字一字の中に引かれている線がはるかに多いことになる。もちろん、漢字はやや大きい文字で印刷されることになるが、それでも漢字の線密度が濃いことにかわりない。

 同じ面積で線の数を多く引こうと思えば、線を細くするしかない。しかも日本語の中でもっとも多用される明朝体は、縦に比べて横線が細い。この明朝の横線を美しく表現するためには、かなりの精細さが必要になる。解像度の低いディスプレイでは明朝体ではなくゴシック体しか表現できないのはこのためだ。現実に私が原稿を書いているこのワープロでも画面表現はゴシックである。

 厄介なのは、明朝の横線を表現するために、そのもっとも細いところに等しい解像度があれば良いのではない。字のバランスを適切に表現するためには、明朝最細線よりはるかに細かい解像度がいる。これはデジタル文字の性質からどうしてもそうならざるをえないのだ。ドット境界が重なった場合どうなるかを考えてもらいたい。ドットより細かい線は絶対に引けないわけだから、この場合、境界にあるどちらか片方のドットで表現する、つまり字のバランスを崩すか、両方のドットでつまり線を太く表現するしかない。

 この明朝の横線問題は、印刷にデジタル技術が導入されて以来、プリンタでもディスプレイでも問題であり続けた。プロ用のセッターやCTPで1200DPIや2400DPIといったとんでもない解像度を要求するのは、カラー写真などの階調表現を担保するとともに、美しいフォントバランスを表現するためといっても過言ではない。

"

電子書籍と明朝体: フロム京都